セミ爆弾とセミシャワー

「ひえぇぇ。」

ある夏の日の朝、自分の口から出たとは思えないほどのか弱い声が出た。

ス――――っとすごい勢いで手先が冷えていくのがわかる。ドクドクドクドク心臓の音もうるさい。
暑いから汗をかいているのか、冷や汗をかいているのか分からないが、額からつーーーっと汗がこぼれる。

出勤しなきゃいけないのに、電車の時間が迫っているのに足が全く動かない。
”ソイツ”のことなんて凝視したくもないのに、”ソイツ”の挙動を1ミリも逃すまいと目が離せない。
ころんとエントランスに転がるセミ爆弾から目を離せない。

セミ爆弾はとてもやっかいだ。

まずひとつめに”本当に死んでいるのか”がわからない。

あまりにも動かないし、「わたくしもう死んでおりますゆえ、、、」といった風貌でころんと転がっているので安心して横を通るとジジジジジッと暴れだす。

しかも足元を低空飛行(もはや飛べていないので低空スライド)してくるので、踏んでしまった時を想像して絶対にそうならないように逃げ惑う羽目になる。
誰か隣で笑ってくれる人がいればいいものの、一人で暴れる羽目になった日は1日中”あの時の私、相当無様だっただろうな、、、、”と恥ずかしさを引きずることになる。

ふたつめは”絶妙に避けては通れない場所”に転がっている。

たとえばエントランスや玄関先、田舎の用水路横の細道、駐車場の車と車の間、、、。
何とも狭く、横を通ればきっと爆弾発動区域内に入ってしまうような場所。そこを通らなければならない、けれど爆弾がいる。爆弾じゃなくて死んでいるかも?いやでもこれまで散々騙されてきたしなと逡巡することになる。

ねずみ花火のように暴れまわる体力が残っていなくとも「ジジッ」という鳴き声だけで応戦してくるセミもいる。
わたしはセミの「ジジッ」という鳴き声がこわくてたまらない。

私の実家はド田舎とは言わないけれど、田んぼや畑に囲まれた田舎にある。木々も多いところだったので夏になると虫たちの大合唱がうわんうわん響くような場所だった。

大学生のころ、免許取り立てで一人ドライブに出かけた。

海を見に行ったり、気になったカフェに寄ってまったりしているうちにすっかり日が暮れてしまった。
夜道の運転は想像以上に緊張し、”どうにか事故りませんように”とか”後ろの車さんごめんなさい。初心者なのでどうかご勘弁を、、、”と思いながらやっと自宅につながる細道に差し掛かった時

”ジジジジジジジジッ。シャワシャワシャワシャワ。バチバチバチバチッ”という音と共に突然視界が悪くなった。

「なになになになにっ!?」と慌ててブレーキを止め、よく見ると車のヘッドライトに反応したセミたちが私の車めがけて一直線。フロントガラスにバチバチと体当たりしては落ちていった。
急いでヘッドライトを消したものの、少数のセミたちはブレーキランプに対してバチッ、、、バチッ、、、と突進してくる始末。
私は恐怖と気持ち悪さでその場から動けなくなってしまい、すがるように父に電話をかける羽目になった。

しっかりセミに対する恐怖心が植えつけられた頃、ちぃとバイト終わりにセミシャワーを浴びる羽目になった。

ちぃは保育園から高校までずっと一緒で、大学は離れたもののバイト先が一緒という生粋の幼馴染である。
その日はバイトが重なったのでちぃは歩き、私は自転車を引きながら一緒に歩いて帰っていた。

「この間掃除してたら小学生のころに4人でやってた交換ノート見つけちゃった。今度みんなで集まって読まない?」
「え~。懐かしい。あの頃どす黒いことしか書いてなかった気がする」
「ちょっと読んだけど結構パンチ強くて笑えたよ。性格わる~赤裸々すぎ~って感じ」

なんて話しながらまたあの細道に差し掛かったところで

「ジジッ」

「セミか~?」なんてちぃが言ったのもつかの間、私たちに降り注ぐセミシャワー。
シャワシャワバチバチミンミンジジジジ。

バイト終わりの23:00。近所迷惑を考える少しの余裕はあったので声なき声で叫び、自転車を放り出し、目でぎょろぎょろ会話をしながら(とりあえず逃げよう)来た道をひたすら走って戻った。

二人してゼイゼイのハァハァ。最近走る機会なんてなかったしななんて思っていると

「絶対しきのチャリのランプだって」
「なにが?」
「セミシャワーの原因!!」

た、、、、たしかにそうかも。

私の当時の自転車は動いたら自動でランプがつくタイプのもので、妙に性能が良いので少し(0.5歩くらい)動いただけでもチカッと光ってしまっていた。

「それにしても今までこんなことなかったんだけど、、今年セミ多い?」
「わからんけど、とりあえず戻るしかなくない?、、、戻りたくなさすぎるけど。、、、とりあえず手でも繋ごう」

おそらく中学生ぶりに手をつないで「こわいと思うとこわいから、きゃわいいと思おう」とか「今はこの手汗すら愛おしく感じられるよ」とかなるべくセミのことを考えないように自転車まで戻った。

自転車を起き上がらせたときにチカッ。

少し前へ進んでチカッ。ジジッ。ヒッ。

「少しが少しじゃないんだよ。もっと亀すらびっくりするような遅さでうごかないと。」といわれてつま先をちょびっとだけ動かす。

それでも結局チカッ。ジジッ。ヒッ。

こんな速度じゃ埒が明かない。セミも怖い。トイレも行きたいし、のども乾いた。ずっと緊張しているせいか体中痛い。

「しき、めっちゃトイレに行きたい」
というちぃに”私も”と思いながら、
「ちびりちびりと進んでちびりそう」と言ってしまい「くだらねーー。」と二人で大爆笑した。

私たちの笑い声にジジジジっとセミが反応していた。

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